2007'07.23 (Mon) 23:55
練習はいよいよ三幕に突入。10.00- 12.50 Uhr, Szenische Probe (3-1)
bei Herrn Kuntze, GMD Herrn Helmrath, Frau Dr. Canton, Herrn Poplawski, Frau Tomidokoro
10.00- 11.10 Uhr, für Hatsukano
11.10- 12.50 Uhr, dazu King
19.00- 21.45 Uhr, Szenische Probe (2-1)
bei Herrn Kuntze, GMD Herrn Helmrath, Frau Dr. Canton, Herrn Poplawski, Frau Tomidokoro
19.00- 20.10 Uhr, für Kim (Fords Monolog)
20.10- 21.45 Uhr, dazu Hatsukano, King, Kursevs, Yang
二幕二場でで派手にテムズ川に洗濯籠ごと突き落とされてずぶ濡れのファルスタッフ。三幕一場では邪険に扱われながら騎士たる自分を奮い立たせたかと思えば、注文した温かいワインを流し込み、陽気になる彼。そして、「メッセンジャー」クイックリー夫人が第二の罠を知らせに来、またもファルスタッフは懲りもせずに興味を示してしまう…。
基本的にこの部分のドイツ語の歌詞もイタリア語の訳に沿っているが、一か所ドイツ語の歌詞でイタリア語のそれと違う所がある。「命の尽きるまで」(伊)が「何で(何の為に)お前(=ファルスタッフ)は長らく生きるつもりなのか?」(独)に…。ただの訳し損ない(か、音符に合う適当な訳詞が無く、勝手に作った…他)と放っておけばいいのについこの言葉に反応してしまっていた。たかがファルスタッフの一つの言葉なのだが、(今日の立ち稽古やOpernschuleのコレペティツィオンではそうでもないが)一人でさらっているとついこの箇所で止まってしまう事が多かった。別に音が取りにくい訳でも何でもない。
基本的にファルスタッフは孤独だ。その孤独も同じ年配の男であるザックス(《マイスタージンガー》)やマルケ王(《トリスタンとイゾルデ》)らが抱える孤独とは違い、ハル王子・バルドルフォやピストーラとの長年に渡る数々の悪行三昧を考えれば彼の抱える孤独は或る意味当然の報いであろう。そのくせ、うぬぼれ屋で、女には目がない。まぁファルスタッフの様に自分は追い剥ぎやゆすり・タカリの類こそやっていないが、自分の好き勝手にやってきたファルスタッフと照らし合わせた時、何だ、その生きざまたるや自分も余り変わんないや、と思ったのだ。(ファルスタッフの様に)理想ばかりを口にして…、この先どう生きるのか、と。あの頃は何度か不意に涙が出た。今でこそ涙が出るまでには至らずファルスタッフを演じながらそのハッタリだらけのキャラクターを楽しんではいるが、ファルスタッフの様に強烈かつ確固たる自己を未だ確立し得ない自分にとって前述の思いは今後も変わらないのだろうな…。考えすぎな自分。
今日の午前と夜の練習はいずれも休憩なしだったが、結構集中してできた。
この記事のトラックバックURL
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック
