2006'10.24 (Tue) 23:02
11時に教務係(Pruefungsamt)。10月のディプロム授与式を欠席したのでディプロムを貰いに行くと、「それはOpernschuleにある」との事。
Opernschule事務室のFrau Luedtkeの元に行くと、「えっ、もう貰ってるでしょ?」
えっ〜とですね、そもそも今年の7/14に予定されていた授与式は大学の都合で延期になって、10/5の入学式と共に授与式になったのでしたね、でも10/5は日本にいた訳だから自分の手元にある訳が無いじゃないですか、と言えば、それもそうだ、と彼女はようやく事情が理解出来たらしく、コンピューターの中の(初鹿野剛についての)文書ファイルを検索。すると、Microsoft Wordで作成された証書原稿は発見されるも、今度は研修所が管理する学籍ファイルにその(教授陣署名入りの発行済みディプロム証書の)コピーが無い。おまけに、学籍簿が紛失ときた。これは一大事で、自分が一旦事務室を退室した後、さすがに必死に探したらしい。
そのまま僕は研修所内練習ホールで行われている声楽科・研修所主催の宮廷歌手ヒルデ・ツァデック氏の公開講座を聴講に。2年前に引き続いて今回が2回目。先週金曜+日曜の選抜オーディションを経て選ばれた生徒10数名が受講。或る時は1,2小節歌わせては頻繁に受講生の演奏を止めていたが、何故止めたのか大局的でなく具体的な説明をして欲しかった。勿論、自分としては止めた直前の受講生の演奏(その際の発声や音楽の進行等等)がいいか悪いかぐらい気付くが、まだディプロム課程の生徒にいきなり大局的な事を言って理解しろと言ってもそれは酷だ。また或る受講生の番では1回通して歌わせ、2,3箇所小さな問題を指摘して終わり…とか。自分としては消化不良な内容。
そうそう、聴講中にFrau Luedkeがやって来、必要な書類一式が見つかったとの事。よかったよかった。11月末の帰国までには発行される見込み。
18時過ぎに大学を出、一路Ettlingenへ。11/4.5のカルミナ・ブラーナの合唱練習。
一旦指揮者のMarkus(注:彼の方が勿論年上だが、今日からお互いを"Du"で言い合う事となった)の家に寄り、彼の車で20分ほど行った先のPfaffenrotに向かう。森の中に伸びる車道をひた走るが、あたりは真っ暗で、彼と一緒でなかったら心細かったに違いない。
19時半からAltusのWolfgangと共にさっとソロだけの曲を通し、その後男声合唱絡みの曲→混声合唱絡みの曲を合わせる。合唱団は総じて年齢層が高いが、皆楽しんでやっている感じ。
今回の演奏会はあのPfaffenrotの都市の規模や、会場の様子を考えると或る意味大掛かりである。合唱団の指揮・指導は勿論、地元のバレエ団や各方面との打ち合わせ、当日会場で映し出される写真や映像の編集、プログラムの編集等々…ほとんど全部をMarkuがやってる。独唱者席に座りながら、懸命に合唱団に振り付け指導をしたり合唱指導したりするMarkusを見、自分も本腰を入れて取り組まねば、と気持ちを新たにした次第。
驚いた事が一つ。前回の合唱練習からMarkusのお父さんであるHerr Hermann Bechtが合唱パートを歌ってた事。彼は1年半前、うちの大学で非常勤講師を務め、現在は年金生活者としての生活である。驚いたのは、以前にカルミナのソロを歌ったどころか、世界中の有名な劇場やホールで著名な演奏家や指揮者と数多くのオペラやコンサートに出演した(別項参照・独語)その彼が息子の主宰する合唱団で必死に合唱を手伝っているその姿である。決して偉ぶらずに団員の一人としている彼。今回彼がバーデン州立歌劇場カールスルーエの支配人代理に電話をかけソリスト(=初鹿野の事)を探したりと影で息子と合唱団とその主催する演奏会を一生懸命支える姿に感動。自分が老後、「音楽」にどう携わって行くのだろう…とか色々考えさせられた。
帰路はAltusのWolfgangの車で市中心部まで送ってもらい、Tramを乗り継いで帰宅。
【More】
Hermann BechtAbsolvierte seine Gesangs- und Theaterausbildung in seiner Heimatstadt Karlsruhe und bei Herrn Ks. Prof. Josef Greindl an der Musikhochschule in Saarbrücken.
1968 erhielt er den ersten Preis beim Landesgesangs-
wettbewerb in Berlin.
Über die Staatstheater Braunschweig und Wiesbaden kam er 1974 als festes Mitglied an die Deutsche Oper am Rhein in Düsseldorf, der er bis heute, inzwischen als Gast, angehört.
Hermann Becht gastierte bei den Bayreuther und Salzburger Festspielen, bei den Festwochen der Münchner und Wiener Staatsoper sowie bei den Festspielen in Orange, Lyon und Schwetzingen.
Weitere Gastspiele führten ihn u.a. nach New York, Chicago, San Francisco, Tokio, London, Paris, Moskau, Warschau, Madrid, Barcelona, Rom, Bologna, Catania, Berlin, München, Hamburg, Köln, Frankfurt, Stuttgart, Dresden und Leipzig.
Er sang unter den namhaften Dirigenten Sir Solti, Boulez, Barenboim, Kleiber, Sinopoli, Chailly, Maazel, Leinsdorf, Sawallisch u.v.a..
Unter den bisherigen Ton- und Bildaufzeichnungen wurde die des Alberichs im Bayreuther Chéreau-Ring unter der musikalischen Leitung von Pierre Boulez durch einen Golden Grammy besonders ausgezeichnet.
Im August 1999 erhielt Hermann Becht das Bundesverdienst-kreuz am Bande.
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