懐かしく暖かみのある藤井の音楽

懐かしく暖かみのある藤井の音楽
藤井喬梓作曲 オペラ(モノローグ)チプコ〜木を抱く夢》初演を聴いて


何と暖かみのある音楽だろう。
ぬくもりのある魅力的な音色で魅了し続けたパーカッション(中村功)、現代奏法をしっかりとこなしながらも人間的な情感を忘れないピアノ(中嶋香)、そして、ほとんど出ずっぱりで朗誦風に歌い続けた一人だけの歌い手(初鹿野剛)。
この三者が織り成す音楽は、現代人の疲れた心をそっと包み込んでくれるような、ひたすらに優しい世界を感じさせてやまなかった。
オペラ・モノローグ《チプコ〜木を抱く夢》の台本(前川錬一、藤井喬梓)の内容は、例えば「妻を亡くした男の病んだ心が、自然の木々と語らうことによって回復のいとぐちを見出す」というふうにまとめることはできる。ストーリーらしきものも一応は時の経過を辿って綴られているが、しかし、特にきっちりした筋立てでドラマが展開していくような、いわゆるオペラティックな構成ではない。
そのいわばノン・ロジカルな世界が、過度の感情に走ることもなく、不条理の闇に陥ることもなかったのは、作曲者藤井喬梓の優れたキャラクターゆえにほかなるまい。現代的な無調の響きがここでは決して“乾いた”響きに止まらず、古い旋法や規則的なリズムがあたかも先祖の体験がよみがえるような懐かしさで、違和感なく巧みに混入されていく。
第三場、主人公の男が公園でホオノキを相手に独り一言を云い、亡き妻の言葉を思い出してチプコの伝説を歌うシーンは、とりわけ印象深い。昔、インドで村の女たちが木に抱きついて森林の伐採に抵抗した話が躍動的なトムトムの演奏に支えられて歌われた後、自分も木を抱いてみたい、そうすればもっと深く息ができる、もっと“あなたのわたし”になれる…と歌う男の口調に、生きる意欲への明るい兆しがほとばしって感動的だった。【後略】

関根礼子(音楽評論家)
音楽芸術(1998.6)

1998/07/15(水) | 新聞・雑誌・ネット記事 | トラックバック(0) | コメント(0)

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